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横浜地方裁判所 平成5年(ワ)759号 判決

原告

大和田利政

被告

三橋正美

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、六六四七万円及びうち六〇四三万円に対する平成三年一〇月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  1につき、仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生(以下「本件事故」という。)

(一) 日時 平成三年一〇月九日午前二時一五分ころ

(二) 場所 神奈川県茅ケ崎市東海岸北二丁目一四番地三二号先交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 加害車 普通乗用自動車(相模五四ら二八九八、以下「被告車」という。)

運転者 被告

(四) 被害車 原動機付自転車(茅ケ崎市い二一三四、以下「原告車」という。)

運転者 原告

(五) 事故態様 本件交差点を青信号で直進中の原告車に、右方道路から進入してきた被告車が衝突した。

2  責任原因

(一) 被告は、本件交差点に進入するに当たり、赤信号を無視し、左右の安全を確認すべき注意義務を怠つた過失があるので、民法七〇九条に基づき、本件事故によつて原告の被つた後記損害を賠償する責任がある。

なお、被告の過失の程度は極めて大きいというべきである。すなわち、被告は赤信号を無視しただけでなく、被告車が進行していた道路の幅より原告車が進行していた道路の幅は明らかに広いのであるから、被告としては本件交差点に進入する際に一層注意深く左右の安全を確認すべき義務を負つていたにもかかわらず、これを怠つた。また、原告車は原動機付自転車であるのに対し、被告車は八人乗りの普通乗用自動車である。さらに、被告は、本件事故後、負傷した原告を救助することなく事故現場に放置して去つたものである。

(二) 被告は、被告車を所有し、自己のために運行の用に供する者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、本件事故によつて原告の被つた後記損害を賠償する責任がある。

3  原告の受傷・後遺症、原告車の破損等

(一) 原告は、本件事故により右大腿骨開放骨折等の傷害を負い、その加療のため次のとおり東海大学病院及び湘南太平台病院に入通院したほか、本件事故の際、衝突により義歯を紛失し、下島歯科医院に通院した。

(1) 平成三年一〇月九日から平成四年一月二二日まで東海大学病院に入院(入院日数一〇六日)

(2) 平成四年一月二四日から平成五年二月まで湘南太平台病院に通院(通院実日数二五日)

(3) 平成五年五月一五日から同年七月三一日まで東海大学病院に入院(入院日数八七日)

(4) 同年七月三一日から同年八月九日まで湘南太平台病院に入院(入院日数九日)

(5) 同年八月から平成六年一二月まで湘南太平台病院に通院(通院実日数二七日)

(二) 原告は、東海大学病院で二度の手術を受け、前記のとおり入通院を繰り返したが、骨折部の骨癒合が未だ不十分で、日常生活に不自由をきたしているばかりでなく、本件事故により大工の職に就くことができなくなり、やむなく茅ケ崎市から返済条件付生活保護費の支給を受けて生活している状況である。再就職のためには、今後も通院を継続し、また、骨癒合の再手術や内固定具の抜金手術を受けるための入院も必要である。

(三) 右のとおり、原告の症状は固定していないが、平成六年一二月現在、右大腿骨顆部骨折による偽関節を残し、左脚が右脚よりも四センチメートル短縮し、また、膝関節の機能に著しい障害を残したほか、膝関節可動域制限、歩行時痛、跛行、骨癒合不十分等の障害が残り、これらの障害は、自動車損害賠償保障法施行令二条別表の併合繰上げ等級により第七級に相当する。

(四) 本件事故により、原告車の「ヤマハ・アツクス」は大破し、修理不能のため廃棄処分となつた。

4  損害

(一) 治療費 一九三万六一二〇円

東海大学病院、湘南太平台病院及び下島歯科医院における治療等に要した費用は、一九三万六一二〇円である。

(二) 入院雑費 二四万二四〇〇円

前記3(一)のとおり二〇二日間入院し、入院雑費として一日当たり一二〇〇円、合計二四万二四〇〇円の損害を被つた。

(三) 通院交通費等 九万一八四〇円

通院その他日常生活のためのタクシー代等として、九万一八四〇円の損害を被つた。

(四) 将来の手術に要する費用 二〇四万五八九〇円

前記3(二)のとおり、将来再手術が必要であるところ、右手術のために少なくとも次の費用を要する。

(1) 手術のための入院治療費 一六七万一〇〇〇円

東海大学病院で骨癒合のための再手術を受けるため、最低一回の入院が必要であるところ、右入院治療費は、少なくとも一六七万一〇〇〇円を要すると予測される。

(2) 手術後の入通院治療費 一六万七八五〇円

東海大学病院で再手術を受けた後、さらに湘南太平台病院での入通院治療が必要であるところ、右入通院治療費は、少なくとも一六万七八五〇円を要すると予測される。

(3) 入院雑費 一一万五二〇〇円

右(1)(2)に必要な入院期間は、少なくとも九六日であると予測されるところ、入院雑費は、一日当たり一二〇〇円、合計一一万五二〇〇円を要することになる。

(4) 通院交通費等 九万一八四〇円

通院その他日常生活のためにタクシーの利用等が必要となるところ、その費用は少なくとも九万一八四〇円と予測される。

(5) 右(1)ないし(4)の合計は、二〇四万五八九〇円である。

(五) 休業損害 一八二三万四八〇〇円

原告は、本件事故により休業を余儀なくされているが、今後短くても平成七年一〇月八日まで(本件事故後四年間)就労不可能な状態が続くものと予測されるところ、賃金センサス平成二年第一巻第一表・企業規模計産業計・男子労働者・小学新中卒・五五歳から五〇歳の平均年収額四五五万八七〇〇円を基礎に四年間の休業損害を算定すると、一八二三万四八〇〇円となる。

(六) 後遺障害による逸失利益 二一二〇万五一七五円

前記3(三)のとおり、原告には、第七級に相当する後遺症が残つた。右後遺症による逸失利益は、年収四五五万八七〇〇円を基礎に、労働能力喪失率を五六パーセント、労働能力喪失期間を一一年とし、ライプニツツ係数により年五分の割合の中間利息を控除して算定すると、二一二〇万五一七五円となる。

(七) 慰謝料 一六五六万二〇〇〇円

(1) 入通院慰謝料 五五一万二〇〇〇円

原告は、本件事故により、前記3(一)のとおり、入通院を余儀なくされたところ、右入通院期間に加えて、被告は負傷した原告を救助することなく放置して事故現場を去つていることなどの事情を考慮すると、入通院慰謝料は、五五一万二〇〇〇円が相当である。

(2) 後遺症慰謝料 一一〇五万円

原告は、本件事故により、前記3(三)のとおり、第七級相当の後遺障害を残すに至つたものであるところ、右後遺症の程度に加えて、(1)と同じく、被告が原告を救助しなかつたことなどの事情を考慮すると、後遺症慰謝料は、一一〇五万円が相当である。

(3) 合計 一六五六万二〇〇〇円

(八) 物損 一一万三〇〇〇円

前記3(四)のとおり、本件事故により原告車は廃棄処分となつたところ、原告車の購入価格は一七万円であり、本件事故までの使用年数は二年であるので、少なくとも右購入価格の三分の二に相当する一一万三〇〇〇円の損害を被つた。

(九) 弁護士費用 六〇四万円

(一〇) 請求額

右(一)ないし(九)の合計は六六四七万一二二五円となるが、右のうち六六四七万円を請求する。

5  よつて、原告は、被告に対し、本件事故に基づく損害賠償として、六六四七万円及びうち六〇四三万円に対する本件事故の日である平成三年一〇月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(事故の発生)は、(一)ないし(四)及び(五)のうちの「本件交差点を直進中の原告車に、右方道路から進行してきた被告車が衝突した」との点は認めるが、原告車の直進が青信号に従つたものであつたことは否認する。

2  同2(責任原因)は、(一)は、被告が赤信号を無視したこと、安全確認義務を怠つたこと、及び本件事故後負傷した原告を救助することなく放置して事故現場を去つたことは否認し、(二)は、被告が被告車を所有し、自己のために運行の用に供する者であることは認める。

3  同3(原告の受傷・後遺症、原告車の破損等)は、原告が本件事故により右大腿骨開放骨折等の傷害を負つたことは認め、その余は知らない。

4  同4(損害)は、すべて否認ないし争う。

三  被告の抗弁(自賠法三条但書の免責)

被告は、本件交差点において対面する信号機が赤色を表示していたので、これに従つて右交差点の手前で停止し、同信号機が青色を表示してから時速約二〇キロメートルの速度で発進させた。これに対し、原告は、本件交差点に差しかかる際、既に対面する信号機が赤色を表示していたにもかかわらず、これを無視して制限速度時速三〇キロメートルを超える四〇キロメートルないし五〇キロメートルの速度で右交差点に進入し、原告車を被告車の左前部に衝突させたものである。したがつて、本件事故は原告の一方的過失により発生したのであつて、被告に何ら過失はない。また、被告車には構造上の欠陥及び機能上の障害もなかつた。

よつて、被告は、本件事故につき自賠法三条但書により免責されるべきである。

四  抗弁に対する原告の認否・主張

被告の抗弁は争う。原告は、時速三〇キロメートルを幾分超える速度で本件交差点に進入したが、その際、対面する信号機の表示は青色から黄色に変わつた直後であつたので、衝突時、被告が対面する信号機が赤色を表示していたことは間違いなく、本件事故の原因は被告の信号無視にあることは明らかである。被告が本件交差点の手前で赤信号に従つて停止していた事実はなく、被告は時速四〇キロメートルないし五〇キロメートルの速度で本件交差点に進入してきたものである。また、被告車に同乗していた証人市川由美子は、被告は青信号に従つていたことなど被告の主張に沿う旨の証言をしているが、右証人は被告と極めて親しい関係にある者であつて公平な立場にある目撃者とはいえず、右証言の信用性は乏しいというべきである。

第三証拠

記録中の書証目録・証人等目録のとおりである。

理由

一  本件事故が発生したことは、原告車の直進が青信号に従つたものであつたか否かの点を除き、当事者間に争いがない。

二  原告は、責任原因として被告の過失と運行供用者性を主張し、被告が被告車の運行供用者であつたことは当事者間に争いがないが、被告は、過失を争い、かつ免責の抗弁を主張するので、以下、判断する。

1  事実関係

(一)  当事者間に争いがない事実、成立に争いのない甲第四号証、第五号証、第七号証、第八号証、第一〇号証、弁論の全趣旨により成立を認める乙第二号証、第四号証、証人市川由美子の証言、原告・被告各本人尋問の結果、調査嘱託の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 本件事故現場は、その場所的状況は、概ね、別紙図面のとおりであり、南北と東西に走る二つの市道(以下、「南北道路」、「東西道路」という。)が十字路状に交わり、いずれの道路からの進入についても信号機による交通整理が行われていた交差点(本件交差点)である。南北道路は、歩車道の区別がなく、車道幅員七・五メートルの片側一車線の道路であり、最高速度は時速四〇キロメートルに規制されている。東西道路は、歩車道の区別があり、全体の幅員一五・一メートルのうち、車道は幅員九・一メートルの片側一車線で、その両側に幅員三メートルの歩道が設けられている。そして、本件交差点における見通しは、両道路それぞれの直進方向については良好であるが、互いの交差道路左右については、四方向の角のいずれにも商店等の建物があるため不良であり、南北道路南側停止線の位置から東西道路西側停止線の位置を見通すことは困難な状況にあつた。なお、本件事故当時、交通は閑散としていたが、雨が降つており、視界の状態は余り良くなかつた。

(2) 本件交差点に設置されている南北道路及び東西道路の各信号機は、本件事故当時、一サイクルが五二秒で、南北道路の信号機は青色一八秒、黄色三秒、赤色一一二秒の順に、東西道路の信号機は青色二二秒、黄色三秒、赤色二七秒の順にそれぞれ表示され、東西道路の信号機が黄色から赤色の表示に変わつてから南北道路の信号機と共に赤色を表示する全赤が三秒間続き、次いで、南北道路の信号機が赤色から青色の表示に変わる対応関係になつており、いずれも正常に作動していた。

(3) 被告は、被告車を運転して南北道路を南から北へ進行中、対面信号機が赤色を表示していたので、交差点手前の停止線の位置(別紙図面〈1〉の地点〔なお、以下、同図面中の符号については、符号のみを示す。〕)に先頭で停止させた。しばらくして、信号機の表示が青色に変わり、進路前方に格別の問題もなかつたので被告車を発進させて本件交差点に進入し、時速二〇ないし三〇キロメートルの速度でこれを通過しようと〈2〉地点辺りに至つたとき、東西道路を左方から進行してきた原告車の前輪が〈×〉地点において被告車の左側面前部に衝突した。

(4) 一方、原告は、少なくとも原動機付自転車の制限速度である時速三〇キロメートルを優に超える速度で原告車を運転し、東西道路を西から東へ進行中、交差点に至る手前で対面信号機が黄色を表示していることを認めたが、減速させることなくそのまま進行させて、交差点に進入し、南北道路を右方から進行してきた被告車のライトに気づいたものの、何らの回避措置をとることもできなかつた。なお、右の交差点進入時には、信号機の表示は、既に黄色から赤色に変わつていた。

(5) 本件事故について、被告は不起訴となり、何らの行政処分も受けなかつた

(二)  原告は、原告車は青信号に従つて本件交差点を直進していたもので、被告車の方が赤信号を無視して本件交差点に進入したため本件事故が発生した旨主張し、その本人尋問において、信号機の表示が黄色に変わつたのは〈×〉地点の寸前であると述べ、成立に争いのない甲第六号証及び第九号証中にはこれに沿うかのような部分がある。しかし、右供述等は、これを全体的に観察すると曖昧で十分な特定に欠けるきらいがあり、前掲その余の証拠に照らしてにわかに採用できず、他に右主張を認めさせるに足りる証拠はない。そして、右の他には、被告車が青信号の表示に従つて本件交差点に進入したことを疑うべき事情は存しない。原告は、証人市川由美子の証言の信憑性を云々するが、同証言に格別不自然・不合理な点はなく、これを特に排斥しなければならない理由も見出せない。

2  判断

(一)  右1(一)認定の事実によれば、本件事故は、要するに、信号機による交通整理の行われている十字路交差点において、信号機の青色表示に従つて交差点に進入した被告車と、その進入時には対面信号が既に赤色表示となつていた状態で交差点に進入した原告車とが出合い頭衝突したものであり、他に特段の事情の認められない本件においては、被告に、原告に対する損害賠償責任を負わせなければならないほどの過失は有しないものというべきである。本件事故態様にも照らすと、被告は信号機の青色表示に従つて被告車を発進させるに当たつて、原告車が進入してきた左方の安全を確認しなかつたきらいがないではないが、信号を無視して交差点に進入してくる車両のあり得ることを具体的・個別的に予測して交差点に進入すべきであるとするのも相当とは思われず、右の事情は被告の過失を認め難いとする右の判断に消長を及ぼすものとはいえない。

(二)  したがつて、原告の主張する被告の過失はこれを認めることができず、かえつて、被告には過失がなかつたというべきところ、前掲甲第五号証、第七号証、第八号証及び弁論の全趣旨によれば、本件事故当時、被告車には構造上の欠陥及び機能上の障害もなかつたことが認められるから、原告の被告の過失を前提とする主張は失当であり、被告の免責の抗弁は理由があることになる。

三  結論

以上の次第であるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 根本眞 近藤ルミ子 河村俊哉)

交通事故現場見取図

〈省略〉

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